10人の真犯人を逃したとしても?? 他に冤罪ではない死刑

10人の真犯人を逃したとしても?? 他に冤罪ではない死刑。とりあえずの感想ですが、なかなか刺激的なご意見です。●「なぜ終身刑ではだめなのか 」への回答● https://detail chiebukuro yahoo co jp/qa/question_detail/q14231798519 より ―――――――――― (Q) 「冤罪ではない、死刑相応、紛う方なき真の犯人(実行者)」の死刑執行についてはどのように考えていらっしゃるのでしょうか (A) 感情としては死刑です ただ、冤罪の他に、殺人者を生み出す問題が存在します 国家による殺人として、殺人を誰かに強制しなければならない制度は、やはり決別していくべきとは感じます 現在は裁判員裁判で死刑判決が出ていますから、一般国民が殺人の引き金を引くということが実際に起きています しかしながら、冤罪問題に比べればかなり死刑廃止の根拠としては弱くなるかと思います 殺人犯の人権を守るための死刑廃止論ではなく、冤罪被害者の命および殺人者とならなければならない一般国民を守るという立場になると思います ―――――――――― 上記返答ありがとうございました 以下に「なぜ終身刑ではだめなのか 」について私の見解を答えさせていただきます 冤罪の可能性がある者を終身刑にしてしまってよいのか wwwwwwwwwwww ?Salomonさん(2020/9/22 18:15) 例えばA氏を支持するというのは、不作為ではなく明確な自分の意思で一人を殺すという選択を行うというのが自分の判断です A氏不支持の方は、これを罪と考え、それを背負うことを忌避していますが、自分はそれを背負うべきと考えます wwwwwwwwwwww 死刑制度を支持するというのは、不作為ではなく「この死刑囚は冤罪ではない」という明確な司法(自分)の意思で一人を殺すという選択を行う、というのが自分の判断です 死刑制度不支持の方は、これを罪と考え、それを背負うことを忌避していますが、自分はそれを背負うべきと考えます 「この死刑囚は冤罪かも 」という不明確(疑いの余地あり)な意思の下に刑を執行するようなことなどあってはなりません 死刑のみならずそれは無期懲役であってもです わが国では「殺人事件→即死刑」ということはなく、健全に機能しているかどうかはともかく 一応は 慎重(地裁)の上に慎重(高裁)を重ね その上になお慎重(最高裁)を重ね、十分な審理を尽くしたうえで刑を確定(疑いの余地なし)させるシステムとなっています その上、刑が確定して尚さらに「再審制度」というものも設けてあり、「疑いの余地なし」(明確な意思)の下に死刑が執り行われているであろうことかと思われます 確かに冤罪の可能性というものを完全100%除去することは出来ないのかも知れません がしかし、その指摘通り 仮に現死刑囚の中に冤罪被害者“A氏”が1人含まれていたとして考えた場合、果たして死刑制度の廃止は本当にその“A氏”を守ることは出来るのであろうか さて、 なぜ終身刑ではだめなのか 死刑とは“死ぬこと”が刑なのであり、収監期間は刑ではありません つまり「この死刑囚(A)は冤罪かも 」の場合、“不明確→明確”となるまでは刑の執行はするべきではありません、してはなりません その拘置中に冤罪が晴れれば無罪放免となりますが、“不明確→明確”となるまでは拘置状態が延々、それは獄中死するまで続きます では死刑を廃止し終身刑(無期刑)とした場合はどうなるのか 終身刑(無期刑)とは“服役すること”が受刑となります つまりA氏は無実であるにも係わらず刑を受け入れなければならないのです もちろん再審請求は出来ます、がその間も無実が晴れるその日までA氏は強制的に服役(受刑)し続けなければならない、無実が晴れなければ獄中死するまでそれは続くのです なぜ終身刑ではだめなのか 死刑をなくし終身刑にすれば、無実であるA氏は救われるのか、A氏を守ることができるのか 終身刑(死刑廃止)は、逆に無実であるはずのA氏に苦役を加算させてしまうことになるのではないのだろうか 冤罪の可能性がある者を終身刑にしてしまってよいのか なぜ終身刑ではだめなのか それは冤罪被害者をより苦しめることになるからです 我々は死刑制度を無くすことよりも、1日でも早くA氏の無実を晴らすこと 延いては更なる冤罪被害者を増やさぬことに心血を注ぐべきなのではないだろうか 他に「冤罪ではない、死刑相応、紛う方なき真の犯人(実行者)」の刑の扱いが実質減刑となってしまうという話もありますが、長くなるのでここでは割愛させていただきます 紛うことなき挑戦者/ハナビムネムネキルカCV:高野麻里佳今村。刺激的ムーブの後で滴る汗キラキラリ 実は負けず嫌いだし 手加減はちっとも出来
ないの 隅から隅まで逃がさない 勝利の果実をもぎ取って フレッシュな
スマッシュで

「黒い司法。しかし。冤罪から救い出すという話は聞いたことがないと。この作品を観ること
にしました。原作は彼の著書「黒い司法 黒人死刑大国アメリカの冤罪と闘う」
ですが。原題は「 」公正な慈悲です。映画の結末は分かっ
ていても。無罪判決には涙が出ます。彼の活動は。どこの国でも受け入れ
られるものではないでしょうか。に包囲され。歳の女子大生ロダン?
モリソンがアルバイト先のクリーニング店で射殺された犯人として逮捕された。の。の は た に が する と
て だ で いる も ない
日 れる から ある こと なる「紛うことなきまごうことなき?まがうことなき」の意味や使い方。他のものと取り違えることがない。疑いようがない。明らかな。などの意味で
用いられる言い回し。国語辞典では「紛うことなき」の意味や使い方。
用例。類似表現などを解説しています。

10人の真犯人を逃したとしても??。周防正行監督が痴漢冤罪事件について取り上げた映画「それでも僕はやってない
」の冒頭でもこの言葉が流れていましたね。 これは。「たとえ10人の真犯人を
逃したとしても。1人の無実の人を処罰しては絶対にならない」という意味の
刑事事件の大原則を示した言葉です。 平成4年に福岡県飯塚市で少女2人が殺害
され。久間三千年さんが犯人であるとして死刑判決を受けた事件で。外国では
無罪になった場合には検察官側の控訴を認めていない国もあります。無実の罪で死刑となった5人の死刑囚の最後の晩餐アメリカ。しかし年後。当時の事件を知る人の目撃者が「カントゥはその犯罪に関わっ
ていなかった」。とテキサス州の新聞社「ヒューストン?クロニクル」に語っ
たため。彼の物語は一気に大きく取り上げられた。 クロード?

とりあえずの感想ですが、なかなか刺激的なご意見です。順を追って回答していきます。「確かに冤罪の可能性というものを完全100%除去することは出来ないのかも知れません。」自分の廃止論の理由はこれにつきます。いくら裁判で審議を重ねたとしても、100%を担保することはできません。つまり、冤罪の可能性を0にできない以上、死刑執行は許されないという立場。警察や検察は嘘をつくので、最高裁での死刑判決確定があったとしても、そもそも冤罪の可能性を排除できません。嘘をつかせないためには、冤罪での死刑が確定し、それが司法関係者の故意によるものである場合には、司法関係者を死刑にする法律が必要かもしれません。まさに抑止力として死刑です。この場合犯罪抑止効果は抜群であると予想できます。実際、司法の信頼性を揺るがせる国家反逆罪と言っても良い罪であるため、死刑は相当かもしれません。死刑を廃止しないのであれば、必ず必要な制度かと思われます。sokonoke2008さんのご意見としては以下ですね。「終身刑死刑廃止は、逆に無実であるはずのA氏に苦役を加算させてしまうことになるのではないのだろうか。」非常に刺激的なご意見です。死刑存置の場合には冤罪で死刑執行となるわけですが、それと比較して死刑廃止の場合には冤罪で終身刑にて留置される、そのことの方がつらいという見方かと思います。殺してくれた方が楽という見方は確かにあるかもしれませんが、早期に殺されてしまえば闘う機会を奪ってしまうことも確かです。ですので、このような見解には、全力をもって反対いたします。「我々は死刑制度を無くすことよりも、1日でも早くA氏の無実を晴らすこと 延いては更なる冤罪被害者を増やさぬことに心血を注ぐべきなのではないだろうか。」警察や検察の嘘で死刑が決定した場合、冤罪を証明することは極めて難しいことになると予想されます。上記の記事では証拠隠しが明らかになっていますが、例外的なものと考えられます。冤罪を無くすことが重要なのは確かですが、冤罪可能性がある以上、冤罪者の死刑という悲劇を避けるために、まずは可及的速やかに死刑制度を廃止し、冤罪者に闘う機会を与えるべきであると考えます。死刑執行がなされれば、もう闘うことはできません。なお冤罪被害を無くす方策の一つとしては、以下が考えられます。深くは考えていませんので、不適切な部分があるかもしれません。?故意ではなく、全ての証拠を吟味したうえで冤罪の可能性を考慮しつつも有罪として、結果として冤罪を生み出した司法関係者は、業務上過失罪を適用。死刑に対しては業務上過失致死罪。?故意に、証拠隠し、証拠捏造を行ったうえで冤罪を生み出した司法関係者は、冤罪となった罪と同等の刑を科す。死刑に対しては死刑。なお、刑事訴訟法が改正されて、証拠リストの開示などがされるようになったものの、いまだ不十分であり、被告が有利になる証拠が開示されずに隠蔽される可能性というのは、今でも残るようです。このような冤罪生み出し放題の状況下での死刑制度存置というのは、無謀というほかはないというのが結論です。現行の法制度自体が冤罪を生み出すことを許容しています。こんにちは。またお邪魔いたします。ちょっとお尋ねしますが、質問者様は安楽死制度導入について「肯定/否定」のどちらでございましょうか?難しい問いかもしれませんが、だいたいで構いませんので、理由も添えてご提示いただければ幸いです。※リクエスト機能が廃止されたために「聞いて見たい人に聞けない」ジレンマに陥っておりますこと、ご了承くださいませ。>「この死刑囚は冤罪かも?」という不明確疑いの余地ありな意思の下に刑を執行するようなことなどあってはなりません。「この死刑囚」は司法において冤罪じゃないと判断されて「この死刑囚」になったわけだ。じゃあ、「疑いの余地あり」と判断するのは、誰?「疑いの余地あり」で執行をためらうなら、そもそも、無罪、にしなくちゃならないのじゃない?>なぜ終身刑ではだめなのか?>それは冤罪被害者をより苦しめることになるからです。そんなの他人が決めることじゃないよね。冤罪被害者に訊いてみればいい。無期懲役と死刑ならどちらを選ぶのか、とね。>我々は死刑制度を無くすことよりも、1日でも早くA氏の無実を晴らすこと 延いては更なる冤罪被害者を増やさぬことに心血を注ぐべきなのではないだろうか。冤罪をなくそうとする立場は、存置派も廃止派も同じだ。「我々は死刑制度を無くすことよりも」というのも逆。「冤罪のありえない死刑制度を確立してから、死刑制度を存置する」というのがスジではないか?まあ、遥か未来のSF的世界なら、冤罪のありえない死刑制度が成立する、こともあるかもしれない。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー死刑と無期懲役の違いは、殺す刑罰と殺さない刑罰、という違いだ。無期懲役でも、最低限の人間的尊厳は保証される。死刑なら、人間的尊厳の全否定となる。刑罰制度には冤罪リスクがある。これは否定しようがない客観的事実だ。我々は、冤罪リスクを認めた上で、刑罰制度を肯定していることになる。それだけ刑罰制度が必要であるからだ。我々社会に刑罰制度が必要なものである以上、冤罪リスクを否定することはできない。ところが、死刑がなくても刑罰制度は成立するのである、???、廃止諸国のように。つまり、刑罰制度の冤罪リスクは認めなくてはならないとしても、冤罪死刑リスクは認めなくてはならないという、必然性は、ない。死刑を廃止すればいいだけ。「冤罪なら無期懲役だってダメじゃないか」という主張もそのとおりではあるのだが、終身刑導入の死刑廃止の主張は、冤罪終身刑リスクを認めて、冤罪死刑リスクを否定する主張となる。終身刑と死刑の違いは、殺さない刑罰か殺す刑罰か、の違いだ。冤罪だとしても、死刑よりも終身刑のほうがマシだろう。少なくとも、「オレはやってない」と叫び続けることができる。冤罪根拠に死刑廃止の主張とは、言い換えれば、死刑執行が決まる100人の囚人を集めたとする。その中には、1人の無実の人間がいるかもしれない。死刑存置派と死刑廃止派の違いは、99人の凶悪犯を死刑にするためにその1人の無実の人間を死刑にする死刑存置派1人の無実の人間を死刑にしないために99人の凶悪犯を死刑にしない死刑廃止派の違いである。「死刑執行される100人の囚人の中に1人の無実の人間がいるかもしれない」この命題を否定できない以上、どのような死刑存置の主張であろうとも、無実の人間の死刑に賛成する主張である、ことになる。ずいぶんとユニークな意見ですね。考えられるのは二つだけ1、死刑執行前に冤罪が発覚する。2、死刑執行後に冤罪が発覚する。「冤罪があるから死刑廃止」は当然2の場合ですが、質問者さんの「無実のA氏に苦役を加算させる」は1を言ってるので、考えがズレてますね。>「疑いの余地なし」明確な意思の下に死刑が執り行われているであろうことかと思われます。「疑いの余地なし」の最高裁判決でも冤罪が過去に4件も起きています。疑う余地は充分にあります。>確かに冤罪の可能性というものを完全100%除去することは出来ないのかも知れません。↑「疑いの余地なし」と矛盾します。>果たして死刑制度の廃止は本当にその“A氏”を守ることは出来るのであろうか。死刑廃止すれば「冤罪での死刑」から確実に守れます。死刑があれば「冤罪で死刑」から完全に守る事は不可能です。死刑廃止によって、守れる可能性は確実に上がります。>つまり「この死刑囚Aは冤罪かも?」の場合、“不明確→明確”となるまでは刑の執行はするべきではありません、してはなりません。理想論でしかなく意味ありません。現実には「冤罪かも?」を判断する立場の人も「執行すべきではない」と言う権限のある人も存在しません。実際に、再審請求中でも死刑執行されます。>終身刑死刑廃止は、逆に無実であるはずのA氏に苦役を加算させてしまうことになるのではないのだろうか。↑死刑の方が良いのですか?>我々は死刑制度を無くすことよりも、1日でも早くA氏の無実を晴らすこと、、これも理想論でしかない。死刑執行の方が1日早かったらダメですよね!「1日でも早く」と言うなら同時に「死刑執行は1日でも遅く」と言うべきだし、いっそ廃止すべきです。>延いては更なる冤罪被害者を増やさぬことに心血をこれも理想論でしかなく、死刑制度と関係ない。

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